日本言調聴覚論学会:JAVET

言調聴覚論:VTSとは
VTS は言調聴覚論 (Verbo-Tonal System)の略で、「人間の脳が音声言語をどのように聴き取り、生成するのか」といった聴覚の機能とその原理、また「そこに存在する法則性は何か」などについて述べた言語理論であり、1950年代にザグレブ大学のペタル・グベリナ(Petar Guberina)博士により提唱されました。
VTSには二つの応用分野があります。
一つは「言調聴覚法 (Verbo-Tonal Method)」で、VT 法、ヴェルボトナル・メソッドとも呼ばれており、聴覚・言語障害児(者)
及び外国語学習者の発音指導・矯正、そして補聴器のフィッティングや人工内耳装用者の術後訓練などに応用されています。
もう一つは「全体構造視聴覚教授法(Structuro-Global Audio-Visual Methodology)」で、SGAV教授法とも呼ばれ、主に外国語教授法として実践されています。
VTSの基本的考え方として、以下に示す五つの原理が基礎となっています。
VTSの基礎となる5つの原理
01
音声聴取が優先する
音声の聴き取りは言語活動の出発点であり、音声は言語全体を統合し完成させる役割を担っています。
母語の習得過程と同様に、言語学習においても音声聴取が優先し、それから正しい調音へと続くのが自然な習得過程だと言えます。正しい音声を獲得するためには、正しく聴き取ることが条件です。したがって、調音法の学習を優先しても正しい聴き取りにつながるとは限らないのです。
02
言語は全体構造性をなす
言語の全体構造とは、言語の構成要素が個別に無関係に存在しているのではなく、諸要素が構造全体の中で新たな価値を生じるような有機的な構造を意味しています。
全体構造という視点で見れば、言語教授は、文法、音声、形態、意味を個別にではなく、状況、脈絡、話し手の表情、身振りなどの言語外要素をも含む、一つのまとまりとして捉えるということになります。
03
身体は音声の伝送体・受容体としての役割を担っている
音声は、聴覚器官で聴き取り、調音器官で生成されるだけではありません。同時に身体全体(骨、腱、筋肉、皮膚)が楽器のように振動します。その振動が身体各部分を通して聴覚器官に伝達され、音声として認識されるのです。
すなわち、身体全体が重要な役割を果たしているわけです。
幼児は、自分の発話音を聴覚と身体を通して聴き取り、それを身体全体でフィードバックし音声を調整し、やがて意味を持つ言葉を話すようになります。言語体系が完成すると身体の動きは小さくなり、動きなしでも話せるようになります。普通、子供は歩く・話す行為をほぼ同時に始めますが、聴覚に障害がある子供は運動機能の発達が遅れる傾向があります。
このように生理 学的・病理学的観点からみても、身体は 言語音の聴取、生成に重要な関わりをもっていることがわかります。また、普段、意識することもなく気づきませんが、調音時に舌の動きを感じたり、喉頭・首・胸部・腹部にも振動や筋肉の緊張を感じ取ることができます。
04
言語情報(活動)は最適要素により機能する
脳は、言語情報全てを受容し処理するのではなく、コミュニケーションに必要で最適な情報を選択しことばを理解しています 。我々は、未学習の外国語の音声を聴き取ろうとする時、母語干渉により、外国語の特徴的な音声要素を聴き取れないことが多く、結果 的に外国語の音声を歪めてしまいがちです。
学習者の聴覚を外国語の音声に正しく機能させるためには、外国語音の最適要素(最適周波数帯)を的確に伝達することが不可欠です。
05
言語習得においてはリズム・イントネーションが優先する
幼児の哺語には、母語の特徴的プロソディがすでに含まれていると言われています。すなわち、言語習得はリズム・
イントネーションの習得から始まり、幼児はこれら音声要素を意思伝達の一手段として用いて、やがて、情報量の多い音連続(文)を発するようになります。
リズム、イントネーションは、人間本来に共通する生理的枠組みに属すものであり、各言語特有の「~ 語らしさ」を担っていると言えます。また、コミュニケーションにおける感情や意思を伝達するだけでなく、音声全体を一つにまとめる役割をも担っています。単音の調音法を学習しても「~ 語らしさ」は習得できませんが、リズム・イントネーションの習得を優先すれば、単音の指導・矯正も容易になるのです。
人間の身体は、リズム、イントネーションを300Hz~400Hzより下の低周波数帯域において最もよく感じ取るため、この低域周波数帯を利用することが「~語らしさ」獲得の近道になります。
実際の発音指導法
先に述べた五つの原理を応用し実践されている発音指導法が、
以下に説明する「わらべうたリズム」「身体リズム運動」「SUVAG(音響フィルター)」「振動器」です。
1
「わらべうたリズム(音楽的刺激)」
対象の言葉、音をリズムに乗せて繰り返すと、習得が早まり定着しやすいという「リズムと記憶のメカニズム」を利用したVT法の発音指導法の一つで、以下の二つのわらべうたがあります。
1-1
「伝承わらべうた」
伝承わらべうたは、音声的に簡単に口ずさめる特徴を持っており、そこに含まれる音節、規則リズム、イントネーション、語アクセント、単音などを、それぞれ発音指導に活用するものです。ポイントは、リズムに合わせ、タクトを振るような動きを用いて練習することです。
例をあげると、「たこあげ」は「タ」行、「カ」行、撥音、アクセントの指導に、「おせんべやけたかな」はイントネーション、「おちゃらかホイ」は2拍子リズム、「てるてるぼうず」は「タ」行、「ラ」行、無声化母音、撥音、イントネーションの指導にそれぞれ活用できます。
1-2
「創作わらべうた」
伝承わらべうたでは補いきれない音声要素を、2拍子などの規則的リズムに乗せて目標音の定着を図る方法です。
初めは同じリズムや言葉を繰り返す簡単なもので練習します(1)。次に、同じリズムで別の言葉を入れたり、別のリズム
を増やしたりして話し言葉のリズムに近づけていきます(2)。
リズムを意識することにより、調音法、調音点への意識が薄まり、より自然な習得が可能になります。伝承わらべうた同様、リズムに合わせた身振りを併用すると効果的です。促音と長音の例をあげてみましょう。(#は間を表します)
促音:
(1)ゆっくり ゆっくり ゆっくりと# ゆっくり はなして ゆっくりと。
(2)ゆっくり はなして ゆっくりと# はっきり かつぜつ はっきりと。
(1)食べちゃった# 食べちゃった# みんなの ぶんまで 食べちゃった。
(2)食べちゃった# 飲んじゃった# さいふの なかみが なくなった。
長音:
(1)スポーツ スポーツ スポーツを# スポーツ しようよ スポーツ。
(2)スポーツ しようよ どようびに# あるこう はしろう どようびに。
(1)こうじちゅう# こうじちゅう# あさから ばんまで こうじちゅう。
(2)こうじちゅう# ガスこうじ# あっちも こっちも じゅうたいだ。
2
「身体リズム運動」
筋肉の緊張・弛緩という観点から、調音器官の動きと身体の動きを関係づけて作られた発音指導法で、身体を広義の調音器官と捉え、身体(の一部)を動かせば調音器官も動くという考えに基づいています。
「身体リズム運動」を実行する上で重要となる要素は筋肉の緊張度です。発音の誤りが緊張過多であれば発音を弛緩させ、誤りが弛緩であれば発音を緊張させることが基本です。各音それぞれの緊張度を熟知し、身体の動きに対応させることが指導の鍵となります。
3
「SVAG(周波数フィルター)」
SUVAGは、 Système Universel Verbotonal d’Audition Guberina を略したもので、様々な周波数フィルターで構成された音声聴取訓練機器です。ある周波数帯域のみ(バンドパスフィルター)を強調して最適な単音、音節、語の聴き取りに役立てたり、低域周波数帯域のみ(ローパスフィルター)を通してリズム、イントネーション、アクセントなどを際立たせた聴取訓練ができます。
ここでは未加工の音声とローパスフィルターを通した音声を用意しました。聞いてみてください。
(Internet Explorerでは再生できないことがあります)

4
「振動器」
音声は振動としても知覚(体感)されるという考え方に基づき、音声を機械的な振動に変換して、聴取・生成できるように考案されたものが振動器(振動子、オシレーター)です。通常は、振動子を手に持って振動の強度や広がりを体感し、それを音声的特徴としてフィードバックさせ、発音練習(訓練)として役立てます。指導内容に応じてダイレクト音とローパス音とを切り替えることができます。
